樺太ツンドラ採取許可書

金子直吉の樺太開発に賭ける熱い思いは、ツンドラの商品化に向けて歩み出した。明治42(1909)年12月20日付で第三代樺太庁長官・平岡定太郎よりツンドラ採取許可書が交付されると鈴木商店は、樺太佐知に脱水工場を設けて事業化に取り組んだ。

ツンドラの脱水加工に思いの外苦戦し、事業化の目途は容易には立たなかった。試行錯誤を重ね、本格的な事業化のための「樺太ツンドラ工業」を設立したのは、鈴木破綻後の昭和14(1939)年のことであった。

  • ツンドラ採取許可書(明治42(1909)年12月20日付)
  • 第三代樺太庁長官・平岡定太郎は作家・三島由紀夫の祖父

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