⑬東レザー敏馬ゴム工場(日沙商会、日本輪業、東洋ファイバー)

鈴木商店の化学事業の出発点となる「東レザー」からビスコース人絹事業(後の帝人)とならんでファイバー事業が実用化された。ファイバー事業の中心となったのは日沙商会で、日沙からは日本輪業(現・ニチリン)が、後に東洋ファイバー(現・北越東洋ファイバー)が生まれた。

ニチリンの国内生産拠点は姫路市別所町にある姫路工場だが、創業の地は神戸・灘区岩屋の敏馬(みぬめ)神社に隣接する日沙商会敏馬工場(元東レザーゴム工場)の一角にあった。

日沙商会より分離独立した日本輪業は、敏馬ゴム工場にて操業を開始、その後大阪、姫路にも工場を建設。鈴木商店破綻後、敏馬工場には東洋ファイバーが設立され、本社を沼津に移すまで、永く主力工場として操業を続けた。

敏馬神社は、阪神電車岩屋駅に近く、古く敏馬(みぬめ)の浦と呼ばれた岬に面した神社。平安時代の延喜(えんき)式(927年)にも記載されている神戸で最も古い由緒を誇る神社で、境内には、江戸時代からの神社周辺の様子が掲示板に記されており、大正初期の日本輪業工場の遠景写真も残されている。

関連資料

  • 日沙商会工場(旧東レザー敏馬ゴム工場)の一角(写真左手の工場)に建つ日本輪業
  • 敏馬の浦より日本輪業(煙突のある工場)と遠くに神戸製鋼所を望む。右端の森は敏馬神社。(大正期の写真)
  • 敏馬神社

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