⑥上清水八幡神社

清水でも起きた米騒動

大正7(1918)年は、米価が高騰し、全国で米騒動が起き、鈴木商店本店は焼き討ちされる。そしてほぼ同時期に清水でも暴動が起き、鈴木商店製油所清水工場にて労働争議が起きる。

【8月8日~】

「8月8日、鈴木商店製油所の職工約600名の内、約200名が米価暴騰のため、一人平均30銭の増給を要求する。製油所側は鈴木商店本店と相談しこれを拒否。9日午後4時、職工は大挙して工場を出た。そして清水町の八幡宮境内に集会を開催した。芹沢江尻警察署長は不穏な動きと判断し、部下10数名を引き連れ説得にあたり解散させた。翌日、職工代表4名を召喚し諭す一方、鈴木商店側に対しても平和裏に解決するよう警告し仲介に乗り出した。鈴木商店側は男工5銭、女工3銭の臨時手当を出すことで11日午後6時に解決し、12日から通常業務となった。芹沢署長は、早朝に200名の前で注意を行った。」(清水市史)

【8月10日】

この鈴木製油所の労働争議中の8月10日、神戸の鈴木商店本店は暴徒化した民衆により焼き打ちされる。金子直吉は船鉄交換条約の交渉のため、鉄道で神戸から東京に向かっていた。神戸駅を出る前に民衆が騒いでいるのを感じとってはいたという。静岡駅を通過しボーイから「ホンテンヤキウチサル」との電報を受け取った。

【8月13日】

「8月13日、静岡市でも米価高騰により民衆が暴徒化した。江尻署は鈴木製油所にも不穏な動きがあるとの噂に、神戸市の鈴木商店の二の舞を演じてはならじと清水町の取り締まりを厳重に強化し何事もなく済んだ。」(清水市史)

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