薄荷

薄荷は樟脳とならぶ創業期の主要製造品目

鈴木商店の薄荷事業は、創業期の主要品目の一つ。金子直吉が入店当時、居留地商館の一つ、ラスペ商会に樟脳を売り込みに行った際、相手が薄荷に強い興味を示したことから直営製造所に発展したもの。(このラスペ商会とは、後に合弁企業「日本商業」を設立した。)

◆直営薄荷製造所(明治35年)(現・鈴木薄荷)          
 第一工場 明治35(1902)年 神戸市雲井通り
 第二工場 明治36(1903)年 神戸市磯上通4丁目

当時ハッカの生産は、三陸、北海道でわずかに行われており、海外ではアメリカ中部で行われているのみで、鈴木が本格的に市場に参入すると鈴木ブランドは、インドを始め世界市場から注文殺到した。日本の生産量の5割を占めるまでに発展した。

鈴木が破綻すると昭和2(1927)年、その薄荷事業を引き継ぎ鈴木薄荷合資会社が設立された。昭和8年鈴木薄荷(株)に商号変更して太陽鉱工の関係会社として今日に至っている。鈴木の名を冠し、鈴木ブランドを継承する天然ハッカ専業メーカーとして地歩を築いている。

なお、我が国の薄荷生産は、鈴木と同時代(明治35年頃)北海道旭川でのハッカ栽培から始まり、昭和8年創業した北見薄荷工場は、世界の生産量の7割を占め、我が国は世界需要の9割を供給した。当時ハッカは日本が誇る農産物であった。しかし、その後インド、ブラジルから安価なハッカが入り、また合成ハッカが製造されると急激に衰退し、遂に国内ハッカ生産は消滅した。

関連リンク

  • 鈴木薄荷工場
  • 蒸留装置
  • 薄荷の葉と結晶
  • 薄荷のサンプル
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