煙草

金子直吉の国益志向から浜口雄幸の支援を得て満州に進出

◆東亜煙草(亜細亜煙草と合併後解散)
 買収   大正2(1913)年(設立:明治39(1906)年)
 所在地  満州・奉天

東亜煙草は、満州・奉天に工場新設し市場独占を狙うBAT社(英米煙草トラスト)に対抗すべく専売局の主導により煙草輸出業者がまとまって、明治39(1906)年国策会社として設立された。

金子直吉と同郷の浜口雄幸が専売局長であった関係から東亜煙草の設立に関わった鈴木商店は、同社の株式の買い増しを行い、藤田謙一を取締役に送り込んで経営に参画する。さらに大正6(1917)年、藤田の後任として長崎英造、大正8(1919)年には、岡田虎輔を役員に派遣。

大正10(1921)年、朝鮮にて煙草専売制が施行され、最大の商圏を失い、経営危機が表面化する。昭和2(1927)年亜細亜煙草と合併して打開を図る。昭和5(1930)年鈴木商店は、金光庸夫を社長に送り込んだ後、市況は一転拡大機運が高まったが金光は、政界へ転じ、拓務相就任を機に昭和14(1939)年、東亜煙草を満州煙草に身売りし鈴木関係者は撤退した。

◆米星煙草(米星煙草貿易を経て現・双日ジーエムシー)
 設立   大正10(1921)年
 所在地  中国・青島

米星煙草は大正10(1921)年設立(中国・青島)。米星産業、米星煙草貿易(昭和23(1948)年)に改組。昭和42(1967)年新生・米星煙草貿易として再発足した後、日商岩井物資販売を経て双日ジーエムシーに改称。

関連リンク

  • 東亜煙草朝鮮・群山販売所パンフ
  • 浜口雄幸

関連会社の変遷

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