落合豊一
小麦のプロ、米西海岸の開拓者
生年 明治29(1896)年
没年 昭和33(1958)年10月2日 享年62歳
徳島の生まれ。
大正6(1917)年神戸高商卒業、鈴木商店に入社。
シアトル勤務を経て大正11(1922)年、小麦部穀物課長に就任。
この頃、西川政一(後の日商第四代社長)が落合豊一を慕って穀物課に勤務している。
鈴木破綻後、日商設立に参画し、神戸支店にて食糧部門を担当。昭和15(1940)年神戸支店長に就任、昭和17(1942)年取締役、昭和20(1945)年常務取締役東京支店長を歴任。昭和21(1946)年専務取締役として本社に帰任し、昭和29(1954)年永井幸太郎の後任として第三代社長に就任した。
落合は、偉大な平凡人と評される一方、「創意工夫」をモットーとし、貿易に携わることを天職と自覚し、使命感にあふれた人物であった。
シアトル駐在時には、世界的穀物取引所「シカゴ商品取引所」(Chicago Board of Trade)の日本人として最初の会員となった。また、従来は袋詰め輸送が常識であった穀物輸出入に世界で初めてバラ積み方式を採用し、その後の世界穀物貿易に大いに寄与した。後に正六位勲四等を受章。