経済野話(現代訳・抄訳)⑦「金輸出禁止論」

1. 通貨論においても論じたように、現在我が国の経済界の禍根は金利が高いという点であって、金利を安くしなければ事業も起こらず、物価も安くならず、不景気は回復することなく、依然として経済の安定は得られない。故にどうしてもこの金利を安くしなければならない。このためには通貨の増加を図ることが何よりも急務である。

しかしながら、現在の経済は国内商業のみが独立して進むものではなく国際的に取引が行われるものであるから、いくら国内で通貨を増加させ金利の低下を試みても輸入が超過して我が国の金が外国に出るときには結局通貨増加の目的は到底これを達成することは出来ない。故に通貨の増加は他の一面に於いて、金の輸出禁止、在外正貨売り止めの問題であって、これを完全に行わなければ通貨の増加は無意味な結果になるのである。

2. 欧州戦争以後、富国強兵の意味が変わって、封鎖に堪えうる国が強国ということになった。それは結局、平常から「金」を多く貯蔵するということである。

連合国は、戦争の中途から金の輸出を禁止した。ただ米国は例外で、その経済関係が金輸出禁止の必要がなかった。

3. 強国たるには、金の準備が必要とされるが、外国貿易において輸入超過の状態が続くと、金は次第に国外に流出してしまう。輸入を減らし、輸出を増加するためには人為的に金の輸出を禁じ、外国品の購買の道を絶たなければならない。

4. この問題は一方的であってはなんにもならない。すなわち、金の輸出を禁止しただけでは解決はつかない。何とかなれば在外正貨の払いを止めなければ結局金は外国に流出してしまうため、依然として輸入超過となり、外国の労働は日本に過大に輸入され、国内の産業は興らず、失業者は続出し、健全な経済組織の上に国策を樹立する事は出来ないからである。故に輸入超過を完全に禁止しようとするにはどうしても在外正貨の売り止めを政府が断行しなければならないのである。

論者はあるいは「このように徹底的に金の輸出を防止したなら、それでなくても既に低落している為替関係はますます悪くなり、国内の物価は動揺し、決して経済界の安定を期することはできない」というかも知れない。しかしそれはただ近視眼者流の議論であって、国家百年の大計を論ずるものではない。

なお論者はあるいは「物価が下落すれば国民生活は安全に保障される」という者もいるけれども、それは誤った議論である。物価がどれほど低落しても事業が破壊され仕事がなくなり収入が少なくなれば、結局駄目である。これに反しいかに物価が高くなっても収入が増加するなら国民はかえってこれを喜ぶのである。故に無理して事業界の衰微を顧みず物価を引き下げようとしてもそれは国民にとってむしろありがた迷惑と言わなければならないのである。

5. もちろんわたしといえども外資の輸入は絶対的に不可だと言うのではない。あるいはその時期によって必要であることは信じるのであるが、ただ常に外資さえ輸入すれば経済界は立て直るものと考えるのは誤りで、また根本的にこの方法は国家百年の大計であると考えられないというのである。

6. 輸入が超過することは、一面において外国の労働が多く我が国に輸入されることであって、従ってこのために国内の失業は増加し、経済界はこの回復力を失い、おいおい不況となるとともに、他面においては通貨が減少し、金利が高騰し、有価証券は暴落し、生産は減少し、ここに全く救済の困難な一大不景気時代を現出するに至るであろう。どうしても我々は今のうちになんとかこれに対する根本策を決定しなければ悔いを子孫に遺すことになるのである。

思うに我が国において金の輸出はこれを禁止されていたけれども、在外正貨の売り出しは禁止されていないから、少し景気が回復しかけてもすぐに輸入超過の傾向を示すのであって、このためせっかく直りかけた景気が中途において挫折し、幾度景気が直りかけても、必ず中間景気となり終わるのである。けだし輸入超過があれば、市場にある正貨はそれだけ持ち去られるために、通貨の減少を来たし、通貨が減少する時は金利が高騰し、金融は梗塞し、その結果、せっかくなおりかけた景気が中途で挫折してしまうのである。ゆえに現在の不景気は必ずしも国民の罪でもなく、また事業家の罪でもない。むしろこの在外正貨の売り止めをしないことの罪というべきである。

7. 以上これをまとめると、通貨の増加と金利の引き下げとは、我が国緊急の必要事項であると共に、また金の輸出禁止、在外正貨の売り止めを厳に取り締まることは最も重要な事なのである。これを取り締まらなければ再び輸入超過のため、せっかく増発した通貨が海外に持ち去られることになり、このため市場は通貨の欠乏、金利の高騰を促し、通貨も再び減少し、事業は行われ難く、諸種の計画も完成できない結果になるのである。故に我が国の経済界を救済しようとすれば、まず金の輸出を禁止するとともに在外正貨の売り止めを行うことを第一要件とするものだと解する。

◎鈴木商店関連資料「経済野話」(原文・e-book)

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