日本油脂(現・日油)の歴史①」を掲載しました。
2018.7.29.
本日から、わが国において事実上最初に硬化油工業を推進し、その後の油脂工業界に多大な貢献を果たした鈴木商店製油所兵庫工場をルーツの一つとする日本油脂(現・日油)の歴史を9回シリーズで紹介してまいります。
初回は、わが国硬化油工業の黎明期についてご紹介します。
1896年(明治29年)ごろ、フランスのポール・サバティエと共同研究者のJ.Bサンドランにより硬化油製造の根幹ともいうべき水素添加法の基礎が確立され1902年(明治35年)、ドイツのウィルヘルム・ノーマンがこの基礎の上に立って硬化油製造法を発明しました。
一方、わが国では大正2(1913)年に「工業化学雑誌」に発表された農商務省工業試験所の辻本満丸博士の論文によって先鞭がつけられ、その基礎理論に基づいて工業試験所の同門である上野誠一博士により硬化油工業化の第一歩が進められました。
わが国において油脂工業の未熟な状態を脱して最初に硬化油の生産を開始したのは、明治43(1910)年9月に英国資本により設立された日本リバー・ブラザースの尼崎工場(大正2年10月操業開始)ですが、純粋な日本資本により事実上工業的に硬化油を開発しわが国硬化油工業界に革新的な変革をもたらしたという点からすれば、大正5(1916)年8月に鈴木商店製油所兵庫工場(後・日本油脂兵庫工場)において硬化油生産の工業化に成功したことをもって最初とすべきでしょう。
写真は、辻本満丸博士です。(写真の出典は、公益社団法人 日本化学会の機関誌「化学と工業」(Vol.70-7July 2017))
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