当記念館のご協力企業・昭和シェル石油が出光興産と経営統合しました。
2019.4.15.
当記念館のご協力企業でもある昭和シェル石油は4月1日(月)、出光興産と経営統合しましたのでご紹介します。
それぞれのブランドマークは一定期間存続し、事業上の通称名として「出光昭和シェル」が使用されます。
昭和シェル石油は、鈴木商店傘下の旭石油(大正11年、鈴木商店傘下の帝国石油と旧・旭石油が合併して発足)が源流の一社になっています。
その後、旭石油は金子直吉の右腕とも言われた長崎英造が初代社長を務めた昭和石油(昭和17年、旭石油、早山石油、新津石油の3社が合併して発足)を経て昭和60(1985)年、シェル石油(日本法人)との合併により昭和シェル石油が誕生し、総合エネルギー企業として現在に至っています。
一方、出光興産の創業者は"反骨の経営者"とも称される出光佐三。出光は後に鈴木商店の幹部となる高畑誠一、永井幸太郎ら神戸高等商業学校(現・神戸大学)の同期生とともに同校の初代校長・水島銕也に師事します。卒業に当たり、出光は鈴木商店の入社試験を受けますが、採用通知が酒井商会(石油・機械油、小麦粉などを取り扱う個人商店)に丁稚として入った後に届いたため、一徹な出光は酒井商会入りを変えなかった、という逸話が残されています。