柳田富士松に関する関係者の言葉シリーズ④「鈴木商店ゆかりの企業の元幹部の言葉」を掲載しました

2021.7.26.

tanagidahujimatu2.PNG柳田富士松に関する関係者の言葉を紹介する4回目、今回がシリーズの最終回になります。

今回は「鈴木商店ゆかりの企業の元幹部(*)の言葉」をご紹介します。

(*)浅田長平、松島誠、小川実三郎の各氏








■浅田長平(神戸製鋼所社長・会長、日本鉄鋼協会会長)の言葉

asadatyouhei2.png「当時日本は銅の輸出国であり古河、住友、三菱、久原、藤田等が主なるもので、中でも特に古河の製品が外国に一番歓迎せられていたが、これはどういう訳かとの質問であった。

私は返答に困った。すると柳田さんは『商品は使用者に対する永年の信用が即ち歓迎せられる根本である。それは品質が一定していて使用者が使いよいのが第一で、君が日比で銅の製錬をするにはこの注意が一番肝腎だ』と言われた。当時私は三十才前後であったが非常に深い感銘を受け、今日も常にこの心掛けでやっている。」(一部抜粋)




■松島誠(東レザー常務取締役、帝国人造絹糸専務取締役)の言葉

matusimamakoto.png「金子氏は天下の三井が返却を待てと引張るは不思議と御叱りにて、自分は閉口せるを柳田氏に助けられたり。(大三井でも鈴木へ不払の時代があった)

‥‥ 柳田氏は金子氏の女房役として鈴木商店内部に重きを為し、個人としての信用厚く、銀行にての信用最も厚き人たり。」(一部抜粋)









■小川実三郎(日輪ゴム工業社長、日商監査役)の言葉

ogawajitusaburou.PNG「その後、我が鈴木商店は第一次世界大戦を契機に大発展をなし、砂糖においても世界一流の糖商として国際市場に雄名を馳せたが、その基礎は実にこの柳田さんの熱意と翁の薫陶を受けた幾多の青年社員にあったことは云うまでもない。

柳田さんに対し一層敬服に堪えないことは、翁の主家第一と云うより寧ろ眼中主家以外に何物もないと云う犠牲的精神、即ち至誠奉公の純情である。」(一部抜粋)





鈴木商店ゆかりの企業の元幹部の言葉を一言で表すと、柳田富士松は「主家の繁栄以外眼中になく、至誠奉公の純情を貫いた人」とも言うことができるでしょう。

詳細については、次の関連ページをご覧下さい。

人物特集>柳田富士松>柳田富士松に関する関係者の言葉シリーズ④「鈴木商店ゆかりの企業の元幹部の言葉」

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