台湾

鈴木商店の発展を支えた新天地台湾

台湾は、鈴木商店にとって樟脳・砂糖・塩・石炭など製造業進出や事業の多角化のきっかけとなった地である。

台北市内には、民政長官・後藤新平ゆかりの台湾総督府(現・中華民国総統府)、樟脳・塩・酒・煙草で関係のあった専売局(現・台湾酒股有限公司)、鈴木のメインバンクとなり運命を共にする台湾銀行(現・台湾銀行(商業銀行))がある。

樟脳油の重要物産化で実績を上げた鈴木商店は、樟脳専売制度のもと樟脳油の販売権を獲得、また宜蘭方面では台湾製脳の設立に関与した。また塩専売制度においても販売権を獲得し、大日本塩業(現・日塩)が請け負った。現在も台南市安平に煉瓦作りの倉庫が残る。

製糖業は台湾での最大の事業であった。北港製糖(雲林県)設立を基点として島内製糖会社を吸収合併し、南靖(嘉義県)、烏樹林(台南市)、北港(雲林県)、斗六(雲林県)、烏日(台中市)、月眉(台中市)の6工場を有する東洋製糖(雲林県)を誕生させ、台湾五大製糖会社の一角を占めた。さらには朝日製糖(新竹市)、宜蘭殖産(宜蘭県)、日本拓殖(桃園県)を相次いで設立し、製糖業の領域を台湾北部へと広げた。このほか五大製糖の一つ塩水港製糖(台南市)の大株主となるほか、台南製糖(宜蘭県)、林本源製糖(台中市)、新興製糖(高雄市)などの製品販売を担当し、糖商としての本領を発揮した。台湾炭業(台北市)はこれら鈴木商店系列の製糖会社が設立した共同燃料供給会社である。

わが街――鈴木商店とその時代

  • 台北市街 大正中期
  • 台北市街 大正中期
  • 台北市街 大正中期

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